| 1.The Period of Study 「準備作業」は三つの段階に分けられるでしょう。
@研究する A役の人生・生活を構築する B表現へと立ち上げる
FIRST ACQUAINTANCE WITH A PART
スタニスラフスキーは、台本を初めて読んだときの第一印象を大事にせよといっています。 その後、詳細な分析に入りますが、初めて読んだときの新鮮さや興味や情熱は創造過程でも重要になります。そして第一印象は種であり、この種を大きく育てていくことになるのです。
第一印象を大事にして読むには、俳優は、受け入れる気持ちで、適切な心の状態で、また感情を素直に感じる集中力、芸術的な感覚、オープンな精神が必要であるといっています。そして、純粋で新鮮な印象を受ける上で一番の大敵は偏見です。他人の意見も、弊害になるおそれがあるので、最初に台本に触れるときは外部からの影響を受けて偏見にならない状態で読みましょう。
俳優の言語では、知ることと感じることは同意語ともいえます。
ですので、最初に読む際は創造的な感情で、しがらみを取り払ってください。俳優の想像力は、劇作家の作品に色づけをします。細かく分析しようと読むことはありません。最初はシンプルに、明確に、構造やエッセンス、本筋を理解しながらで結構です。劇作家の考えや感情、経験も感じ取ってみてください。
そして、その後の作業で徐々に理解を深めていきます。空の雲間から徐々に光が現れていくように、広がっていきます。そして、最終的には闇が晴れ、光で覆われます。
ひとつひとつ様々な角度から解剖し、パズルを解いていきながら、読解の作業を進めていきます。
ANALYSYS
二番目の準備作業は、分析プロセスです。文学的にも、哲学的にも、歴史的にも、様々な観点から分析ができます。しかし、俳優の分析は学者の分析とは異なり、感じるということが求められます。従って、俳優の分析は、とりわけ思考よりも感情で分析するのです。人は90%が潜在意識や感情から行動して、残りの10%が理性で行動しているものです。
〔創造的分析〕
@劇作家の仕事の研究
A創造的な作業で使う、精神的または他の素材への研究。作中や役柄に含まれるものであれば何でも。→インプロヴァイゼイションで使える
B
俳優自身について、同様の素材への研究。自己分析。素材は、ここでは生活や五感に関係する人の記憶、役の感情についてです。
C
意識、(特に)潜在意識両面で、創造的な感情概念への俳優自身の心の準備。
D最初読んだときにすぐには生きたものにはならなかった、役の精神に対する新しい生きた素材と新しい興奮を与えてくれる、創造的な刺激に対する研究。
プーシキンは「誠の感情、与えられた環境での真実の感覚」を劇作家に求めましたが、俳優に対してもそのまま当てはまります。従って、分析の目的は詳細に研究し、作品内の与えられた環境に準備することなのです。のちに創造的なプロセスに入ったとき、真実の感情と感覚を持てるようになるためにです。
直観的感情を刺激するもっともよいものは芸術への情熱と熱意です。この2つを使って作中に創造的な刺激を探し、また創造的刺激は俳優の創造性を引き起こします。
人間の1割を占める理性をどう生かせばよいでしょう。感情が沈黙してしまったとき、理性が役に立ちます。理性は感情のアドバイザーとなりますし、作品をあらゆる角度から探査する能力があります。そしてまた新しい見方を見つけ出すパイオニアでもあるのです。理性による分析が詳細で、変化に富み、深いほど、より熱意や感情や潜在意識的な創造性を刺激する要素を発見するのです。
分析のプロセスは、いわば、作品とその登場人物に対し、限界まで長く広く深く、幾層にも渡って探求するということで、最初は明白な表面的な所からスタートし、最終的には最も内側にある深遠な精神的なレベルにまで到達するのです。
作品と登場人物は生活の流れと共に幾つもの面があります。最初は事実・出来事・筋・形式といった表面的な面からスタートします。それは、いうなれば階級・国籍・歴史を含んだ社会的な面でもあり、文学的な面ではテーマやスタイル、舞台に即した面でいえば、舞台美術の指定などがあります。更に、心理的な面では、内的行動、感情、内的特徴など、身体的な面では、容姿、行動の仕方、外的特徴があるでしょう。最後に、個人的な面では役者に属する創造的な感覚があります。これら全てが等しく重要というわけではありませんし、これら全てがすぐに判明するわけでもありません。ほとんどが一つ一つ明確になっていくことでしょう。そして、全てが融合していくのです。
意識できるレベルは地球でいうと土や砂や岩などです。更に深い深いレベルへと進み、無意識のレベルになると、溶岩やマグマがあるように、深い所にこそ人間の本能やパッションがあるのです。その深遠なるレベルにたどりつくと、そこは超意識の領域であり、極めて神聖な「芸術家−人間」であり俳優としての「自分」がそこにはあるのです。そしてそこにはインスピレーションの秘密の源泉があります。これらを意識できなくてもいいですが、全てを持ってこれらを感じるようにしてください。
STUDYING THE EXTERNAL CIRCUMSTANCES
戯曲の外側から内側に向けて分析を進めていきます。作品に書かれている、意識的に解釈できるところから、作品の奥のエッセンス、見えない何か、意識下で通じることができるような作家の世界へと向かうのです。
作品の外側で、分析しやすいものは、ファクト(事実)です。すべての細かい状況、全ての事実、これらが重要なのです。それらは作品の生きた流れを構成するピースだといえます。感情やフィーリングではつかみにくい、情報を見つけるのです。これにより、単にファクトを収集するだけでなく、ファクトの中の役柄の立場が見えてきたり、本質や役相互の関係性が見えてくるのです。
このファクトとはどういうものか。それは例えば、戯曲を全て説明するように話せば、それらはファクトです。スタニスラフスキーはグリボエードフの「知恵の悲しみ」を例に出して説明しています。
例)ソフィアとモルチャーリンは夜通し会っていました。夜明けです。隣の部屋ではフルートとピアノの音色が聞こえます。メイドのリサは眠っています。彼女は、時計を見ていないといけないのに。リサは起きます。そして、夜が明けつつあるのを知り、急いで二人に別れるよう懇願します。時計が鳴り、ソフィアの父が入ってきます。彼はリサを見ます。リサはうまく父の注意をそらし、モルチャーリンを逃します。
このように、物語を語るように戯曲を話していけば、たくさんのファクトがあることに気がつきます。そして、これらのファクトは現在形であることに気づくでしょう。
次に、社会面を分析するとどうでしょう。作品は社会的な背景からファクトが生じている場合が多いのです。
例)ソフィアとモルチャーリンのランデブーは、どんな風に見えるだろう? どういういきさつでこうなったのだろう?フランスの教育や本の影響があったのだろうか? ソフィアからはセンチメンタルで、思い悩んでいて、若さ特有の純粋さが見て取れる。しかし同時に素行のだらしなさがある。リサはソフィアを監視していたが、ちゃんとしていないといけない。このことで、シベリアに送られたり、農場を暮らしをさせられる恐れがある。ソフィアの父は当時のパリサイ人の服装であるモンクのような恰好ではないか?
といった具合になります。
他にも、作品の構成や構造、調和や素晴らしさ、展開の仕方や他のシーンとの結びつき、キャラクターの造形など様々なことに目を配ります。更に深く読解を進めていくと、芸術上の面も見えてきます。芸術上の面とは、芸術的なことも、演劇的なことも、照明や舞台装置・小道具など舞台のテクニカル的なことも含んでいます。これらはスタッフとの作業を進める中でも理解が深まっていくでしょう。
こういう風に、非常に細かく、多角的に、深く分析していくことで、作品に精通し、影響を受け、クリエイティブな活動への準備を整えるのです。
PUTTING LIFE INTO EXTERNAL CIRCUMSTANCES
知力を使った詳細なる分析を進めてきたが、実在するファクトを築き上げてきたにすぎません。これらがあっても、真実の感情・感覚を伴うことが出来なければいけないのです。すなわち、乾いたファクトを生きたファクトに変えなければならないのです。このトランスフォームは芸術における非常に大事な創造力のうちの一つ、芸術的想像力の手助けを借りることで成し遂げられます。理性の面から芸術の夢の球に昇華するのです。
毎日の実際的な生活だけでなく、想像力の生活をすることができます。俳優の想像力は、登場人物の生活を近づけ、役の特徴や質感を発見したり、適応したりすることができます。想像上の生活は内面からの創造的欲求の力によって、その人自身のなかで創られ、蓄積されます。俳優自身の内面と非常に呼応しています。そして、想像上の生活は、実際の生活よりもより魅力的になります。
俳優は夢を愛し、その使い方をしるべきです。これは重要な能力のひとつです。材料を与えられると、そこから想像の世界を作り出せるようにしましょう。玩具遊びをしたり、ゲームに没頭して楽しむ子供の能力と似ています。作家の世界と主題から逸脱していなければ、俳優は夢の世界で完全に自由なのです。
私たちは、インナー・アイで、視覚のイメージを見ることができますし、インナー・イアーで、聴覚の音を聞くことが出来ます。俳優には視覚を得意とする人もいれば、聴覚を得意とする人もおり、スタニスラフスキーは前者のタイプの俳優でした。
そして、イメージの喚起の仕方は、受動的なタイプ(パッシブ・イメージング)と能動的なタイプ(アクティブ・イメージング)に分けられます。受動的なときは、私たちは想像の夢のなかの観客となり、能動的なときは、夢の中の俳優となれるのです。
最初はすべてのものを細かくイメージできるわけではありません。例えば人をイメージしていたとしても、顔はないかもしれません。こういった曖昧なイメージでも、時には埋めてくれます。徐々に、具体的なイメージを鮮明化さていき、イメージのなかの人々に感情移入する所まで来たら、とてもいいサインです。
しかし、スタニスラフスキーは、すべてのものを具体的に細かくイメージするという実験を通して、大事なことに気がつきました。重要なのは、すべてを鮮明化させることではなく、そのイメージの対象が今自分の周囲にあり、そしてそれを感じているということです。イメージの人であれば、その人の顔やヒゲ、服装といったものは本当に重要ではなく、その存在をリアルに感じているということが第一なのです。
イメージに実在感を感じると、あなた自身の実在感を感じるようになるでしょう。それには、受動的なだけではなく、能動的になるべきです。受動的な観察から、能動的になることで、状況や生活・対象などの中心にいることを発見します。そして、そこに「いる」という感覚を得て、自らがイメージの主人公となるのです。
CREATING INNER CIRCUMSTANCES
外側の知的な分析から、内側の、魂からの人生・生活に深く入っていくために、必要なのは俳優の創造的感情の助けです。
観察者から当事者へと変わり、存在しているという感覚(the state of "I am")に至るまでに、スタニスラフスキーは「知恵の悲しみ」の稽古で、周囲の物質的なものに目を向けました。家の中を歩いてみましたが、特に成果はありませんでした。しかし、一瞬だけ、そこにいるという感覚を持つことが出来ました。玄関からドアを開けて肘掛けイスを外に出したときです。時間にして数秒で消えてしまいましたが、確かに存在の真実感をそこで得たのです。キーとなったのは「物(object)」でした。そこでスタニスラフスキーは様々な物を手に取ったり運んだり、ほこりを払ってみたりしたのです。物や壁や空気や、周りの全ては生命感を持っており、確かにリアルで、そのことを感じることで自分が存在しているという感覚が強化されました。
そして、稽古を積むことですぐに実際に存在しているという感覚を得られるようになりました。
また、自分の演じる登場人物の声を心の耳で聴くことで、身体的にも近付いた感じがしました。身体の感覚が不充分なときには、その人物の魂を感じるようにトライしました。形の上では、うまくいきませんでしたが、人は究極の所、言葉や仕草という手段よりもむしろ、見えない意志の放出(radiation)と2つの魂を行き来する波動(vibration)でコミュニケーションを取るものだと気づいたのです。このことを登場人物に対して試みることで、存在しているという感覚を手に入れる助けになりました。
そして、意志や感情の光線(ray)を使って、放出したり、受け取ったりするようにしてみました。役というのは、実在しない架空の登場人物です。しかし、存在するのです。様々な分析で、その人物のことが理解できるようになりました。今度は、魂から近付くことが必要なのです。そして魂から交流することが必要なのです。
もし俳優が、自ら存在しているという感覚、創造的な内面状態を持つことが出来、また生命ある物をリアルに感じることが出来、想像力が作りだした登場人物の幻影とコミュニケーションを取り、自由に動き回ることが出来れば、外内両方の環境に生命を吹き込むことができるでしょう。そして生きた魂の息吹があらゆる箇所でも現れるでしょう。
APPRAISING THE FACTS
スタニスラフスキーは、劇作家によって作られたファクトに対して、イマジネーションを使って、新しい正当化を試みました。そのときに行ったのは「Magic If」です。「もし、自分がソフィアだったら〜?」「もし、モルチャーリンだったら〜?」と想像したとき、彼は賛同できる気持ちになったり、拒否反応を示したりしました。劇世界と同じような気持ちにはならず、例えば「こんなひねくれたソフィアを愛することなんて出来るだろうか?」などと思いました。
確かに、演劇作品の中には善人もいれば、悪人もいるし、魅力的な人間もいれば、欠点だらけの人間もいます。従って、そのキャラクターの立場に立つということが必要になります。その人物が客観的に欠点だらけの人間でも、その人物はもっといい人間だと思っているかもしれません。文学上の事実ではなく、そのキャラクターの感じ方に信頼を置くことも必要になります。イマジネーションを駆使して手がかりを掴んでいき、納得できる状態を目指すのです。
俳優は、観察や知ることを繰り返すことで、経験や印象や記憶が積み重なってゆき、ファクトやイベントの理解が深まり、内なる状況も外部の状況も明確になってゆきます。毎日のように想像力を使ってこうしたことを続けることで、この習慣は俳優にとっての第2の能力になります。劇世界のことが、新鮮で生きた、生の出来事に感じられてきて、自分のこととして染みこんできます。
こうなると、最初はただの「登場」という認識だったト書きも、非常にたくさんの意味がある、重要なアクションだと気づいたりします。
我々が必要なのは、中身の伴ったファクトであり、内部の感情の結果として生まれたファクトです。こうしてファクトを分析することによって、キャラクターたちの闘争や克服、運命や誰かへの屈服など、行動の源が見えてきます。そして、彼らの目的や生き様、内面のライフなどが明らかになります。これこそ、追求しているものです。
我々は発展していく内面の流れを追っていかなければいけないし、キャラクターの内面の流れのパターンを見分けなければいけないし、また、交差し分岐するおのおのの目的を見極めなければいけないのです。したがって、ファクトの理解は、その人の人生・生活の、内面を理解することといえるのです。
そして、これらはいつでも新しく理解し直すことが大事です。そのことによって新鮮な想像力の刺激を受けます。常に新しいアプローチを通して新しい刺激を受けることをしなければ、俳優はすぐに飽きてしまい、演技も生きた感覚から遠のいてしまいます。
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